特別な集団に対するARTの管理 Management of ART
for Special Populations

薬物使用者の管理

HIV感染者では一般集団よりも薬物使用者の割合が高い

薬物使用とHIV感染、疾患の進行および治療との関係は複雑である。

薬物使用と関連している多くの行動がHIVへの曝露リスクを増加させる:

  • 注射針の共有といった感染経路を通して直接的に
  • 判断力の低下(無防備な性交渉、複数のパートナーとの性交渉、薬物取引のための性交渉、肛門挿入などの「危険な」性交渉)1-3、社会文化的問題(ホームレス、HIV感染の発生率が高いコミュニティに所属している)に関連したメカニズムを通して間接的に4

さらに、衝動制御が不良であるこの集団におけるHIV治療へのアドヒアランスの低さ、不安的な生活や不健康な生活習慣、治療に対する複数の障壁(法的な報復に対する恐れを含む)、すぐに願望を満たしたいというパターンが、罹患率や死亡率の増加につながる5-7

また、薬物使用は健康上の多くの影響(肝障害、感染症、糖尿病、心血管疾患、神経認知機能の変化)と関連し、このような問題のリスクがすでにある集団におけるHIV治療を複雑にし、疾患の進行を促進する。

参考文献

  1. Mackesy-Amiti ME, Fendrich M, Johnson TP. Symptoms of substance dependence and risky sexual behavior in a probability sample of HIV-negative men who have sex with men in Chicago. Drug Alcohol Depend. 2010;110:38-43.
  2. Hillfors DD, Iritani BJ, Miller WC, Bauer DJ. Sexual and drug behavior patterns and HIV and STD racial disparities: The need for new directions. Am J Pub Health. 2007;97:125-132.
  3. Semples SJ, Strathdee SA, Zians J, et al. Sexual risk behavior associated with co-administration of methamphetamine and other drugs in a sample of HIV-positive men who have sex with men. Am J Addict. 2009;18:65-72.
  4. Millett GA, Flores SA, Bakeman R. Explaining disparities in HIV infection among Black and White men who have sex with men: A meta-analysis of HIV risk behaviors. AIDS. 2007;21:2083-2091.
  5. Cofrancesco J Jr, Scherzer R, Tien PC, et al. Illicit drug use and HIV treatment outcomes in a US cohort. AIDS. 2008;22:237-245.
  6. DeLorenze GN, Weisner C, Tsai AL, et al. Excess mortality among HIV-infected patients diagnosed with substance use dependence or abuse receiving care in a fully integrated medical care program. Alcohol Clin Exp Res. 2011;35:203-210.
  7. Nance RM, Perez Trejo ME, Whitney BM, et al. Impact of Abstinence and of Reducing Illicit Drug Use Without Abstinence on Human Immunodeficiency Virus Viral Load. Clin Infect Dis. 2020;70(5):867-874.

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HIV感染/AIDS高齢者における違法薬物の使用

2013年に発表された論文では、HIV感染者、特に50歳以上のHIV感染者のより高い薬物使用率について考察している。HIV感染者301例からなるこのコホートは、抑うつ症状の軽減を目的とした、対処行動を高める介入に関する臨床試験に組み入れられた。大部分が男性であり(男性202例、女性99例)、年齢の範囲は50~76歳であった(平均55.5歳、SD 4.8)。この研究は、米国のクリニック(New York、ColumbusおよびCincinnati)で実施された。大部分(約80%)がNew Yorkのクリニックの患者であったが、クリニック間で薬物使用率に差はみられなかった。

4分の1の患者が過去60日以内に違法薬物を使用しており(コカイン48%、週1回のマリファナ44%、その他の薬物44%)、マリファナは平均36日、コカインは平均15日であった。

また、この患者群はQOLが低いこと、抑うつ症状が重度であること、自滅的な忌避行動が多いことが報告された。この研究では、同じ年齢範囲の一般集団から得られたデータと比較した場合、高齢のHIV感染者の薬物使用はHIV陰性の高齢者よりも2倍超高い可能性があると結論づけられた。 

参考文献

  1. Skalski LM, Sikkema KJ, Heckman TG, et al. Coping styles and illicit drug use in older adults with HIV. Psych of Addict Behav. 2013;27(4):1050-1058.

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HIV感染者に対するオピオイド処方量の増加は、将来のヘロイン使用と関連

San Franciscoのオピオイド使用者598例(HIV感染者182例およびHIV非感染者416例)を対象とした解析では、HIV感染者に対するオピオイドの処方量の増加が将来のヘロイン使用と関連していることが示された。オピオイドを処方されているHIV非感染者と比較して、HIV感染者が報告する疼痛や睡眠障害がより少なかったにもかかわらず、オピオイド処方量がより多かった。

HIV非感染者と比較して、HIV感染者の年齢はより低く(中央値50歳 vs 54歳、P<0.001)、白人またはヒスパニック系が多いが、黒人は少なく(P=0.063)、男性(71.4% vs 51.7%)またはトランスジェンダー(8.8% vs 2.4%)がより多かった(P<0.001)。HIV感染者が報告した疼痛は有意に少なかったが(0~10の尺度で平均7.1 vs 7.8、P<0.001)、2014年、2015年および2016年に、HIV感染者に対するオピオイドの平均用量は有意に多かった(P=0.007、0.008および0.018)。また、HIV感染者では、過去3ヵ月間の睡眠障害も有意に少なかった(0~10の尺度で5.8 vs 6.5、P=0.017)。追跡調査期間中、HIV感染者はHIV非感染者よりもコカインやメタンフェタミン使用を報告した割合が有意に高かったが(51.1% vs 29.1%、P<0.001)、追跡調査期間中に規制薬物に関する合意が得られた割合(63.7% vs 83.4%、P<0.001)、追跡調査期間中に規制薬物モニタリングプログラムにおける確認が行われた割合(29.1% vs 77.4%、P<0.001)、または追跡調査期間中にナロキソンが処方された割合はより低かった(31.3% vs 51.9%、P<0.001)。

研究群全体では、オピオイド処方量が変化しなかった患者と比較して、処方量が増加した患者ではその後ヘロインを使用する可能性が3分の2高くなった(調整オッズ比[aOR]1.67、95%信頼区間[CI]1.32~2.12)。用量が増加すると、HIV感染者がその後ヘロインを使用する可能性が3倍以上になったが(aOR 3.32、95%CI 2.27~4.87)、HIV非感染者がその後ヘロインを使用する可能性には影響を及ぼさなかった。オピオイド処方の中止は、研究群全体およびHIV非感染者のヘロイン使用の独立した予測因子であったが(aOR 2.05、95%CI C1.60~2.84)、HIV感染者において予測因子ではなかった。

HIV非感染者では、オピオイド処方量が変化しなかった患者と比較して、減量または処方の中止は、その後処方なしでオピオイドを使用する割合が増加する独立した予測因子であったが(aOR 1.27および2.18)、HIV感染者では予測因子ではなかった。

参考文献

  1. Coffin PO, Rowe C, Oman N, et al. Illicit opioid use following changes in opioids prescribed for chronic non-cancer pain among persons living with and without HIV. AIDS 2020: 23rd International AIDS Conference Virtual. July 6-10, 2020. Abstract PEB0347.

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いくつかの物質の乱用がHIV感染のリスク行動を増加させる

アルコール:アルコール摂取/乱用は、HIVやその他の性感染症への曝露リスクを伴う行動と密接に関連している。これらのリスク因子は、アルコール摂取量に比例して増加し、禁酒により減少することが示されている。

オピオイド:オピオイド系の薬物の使用、特に静注薬物の使用は、長い間HIVの感染および伝播と関連づけられてきた。そのリスクは、精神疾患を併発している患者においてさらに高くなることが示されている。静注薬物使用者におけるうつ病は、注射針やその他の道具の共有率の増加と関連づけられており、その結果、HIV感染のリスクが増加する。

コカイン/クラック:コカイン使用者のリスク行動の増加に加え、最近の研究では、コカインの使用がヒトの免疫に広範な影響を及ぼす可能性が示されている。

  • HIV感染に関して、in vitro試験では、コカインが刺激されたリンパ球への感染を促進することが示されている。さらに、HAART療法導入前および導入後の時期のコホート研究では、精神刺激薬の使用はHIV感染症の進行促進と関連づけられている1

メタンフェタミン:主に都市部でみられる傾向がある多くの他の薬物の乱用とは異なり、メタンフェタミンの使用は、ここ数十年の間に農村部および都市部の両方で急激に増加している。メタンフェタミンは、禁欲と判断力を低下させ、性的興奮を高めるきわめて依存性の強い薬物であり、メタンフェタミン使用者はHIVなどの性感染症に感染するリスクがある。煙吸引、鼻からの吸引、注射、または直腸からの挿入が可能である。

メチレンジオキシメタンフェタミン(MDMA):「インティマシードラッグ」と呼ばれるエクスタシーの使用は、非常に深い親近感をもたらすことが示されており、その結果、リスクの高い性行動およびHIVへの曝露につながる可能性がある。いくつかの研究では、エクスタシー使用者は、エクスタシー非使用者よりもHIVやその他の性感染症に感染する危険性が少ないと感じている可能性が示されている2

参考文献

  1. Baum MK, Rafie C, Lai S, et al. Crack-cocaine use accelerates HIV disease progression in a cohort of HIV-positive drug users. J Acquir Immune Defic Syndr. 2009;50:93-99.
  2. Theall KP, Elifson KW, Sterk CE. Sex, touch, and HIV risk among ecstasy users. AIDS Behav. 2006;10:169-178.

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ケムセックス

HIV感染リスクを伴う行動を増加させる薬物使用の1例が、ケムセックスである。ケムセックスは、娯楽目的の薬物使用の特殊な形態であり、複数のパートナーと長期間、多くは数時間または数日間にわたり性交渉する目的で、個人が違法薬物、コカイン、結晶メタンフェタミン、合成ドラッグ、GHB/GBL(ガンマブチロラクトン)、ケタミン、スピード、またはエクスタシー(MDMA)を使用するものである。MSMの集団および異性愛者の集団の両方において人気があると報告されている1

オランダでの調査の回答者368例において、HIVに感染しているMSMの44%がケムセックスを報告した。独立した決定因子は、友人/セックスパートナーの大半が「性交渉中に薬物を使用している」と思うこと(記述的規範)(aOR:1.95、95%CI:1.43~2.65)、「薬物を使う方がセックスが楽しいと思うこと(態度)」(aOR:2.06、95%CI:1.50~2.84)、タバコ使用(aOR:2.65、95%CI:1.32~5.32)、複数のセックスパートナーがいる(aOR:2.69、95%CI:1.21~6.00)、集団性交(aOR:4.65、95%CI:1.54~14.05)、およびオンラインの出会い系プラットフォームの利用(aOR:2.73、95%CI:1.13~6.62)であった1

イギリスおよびウェールズのクリニック受診者を対象に実施した2014年の調査データを用いて、研究者らは、HIVに感染している性的に活発なMSMの30%が、過去1年間にケムセックスを行っていたことを明らかにした。これは、自己申告による性交時以外の薬物使用、危険な性行動、性感染症、自己申告によるうつ病、不安、喫煙、C型肝炎と正の関連性があった2

HIV感染と診断されてから4ヵ月超が経っており、ロンドンのHIVクリニック7施設を受診している成人570例を対象とした横断調査では、同性愛および両性愛男性の約40%が過去1年間にケムセックスを行っていたことが報告された。クリニック受診率が最適ではない患者は、定期的に受診していた患者よりも過去1年間に薬物を使用するケムセックスを報告した割合が多かった(46.9% vs 33.2%、P=0.001)3

参考文献

  1. Evers YJ Garaet JH, Van Liere G, et al. Attitude and beliefs about the social environment associated with chemsex among MSM visiting STI clinics in the Netherlands: An observational study. PLoS One. 2020;15(7);30235467.
  2. Pufall EL, Kall M, Shahmanesh M, et al. Sexualized drug use (‘chemsex’) and high-risk sexual behaviors in HIV-positive men who have sex with men. HIV Medicine. 2018;19(4)261-270.
  3. Howarth AR, Apea V, Michie S, et al. The association between use of chemsex drugs and HIV clinic attendance among gay and bisexual men living with HIV in London. HIV Med. 2021. Online ahead of print.

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乱用物質と抗HIV薬の間には相互作用が認められる

乱用物質と抗HIV薬との間の相互作用が報告されている:

  • リトナビルにより、薬物動態学的増強因子(ブースター)として用いられる低用量であっても、アンフェタミン、MDMA、meperidineおよびGHBの毒性が危険なほど増強される。
  • バルビツール酸系薬物は、PI、NNRTI、マラビロクおよびラルテグラビルの代謝に関与するシトクロム系を誘導し、これらの薬剤の有効性を有意に低下させる。
  • 経口ミダゾラムおよびトリアゾラムは、PI、NNRTI、エルビテグラビルおよびエファビレンツとの併用は禁忌である。
  • PI、delavirdineおよびエトラビリンにより、ケタミンおよびPCPの毒性は危険なほど増強される。

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薬物使用障害者にMATとして使用される薬剤には、抗HIV薬との相互作用が認められるものがある

薬物中毒の治療およびソブラエティ(薬物を使用しない生き方)の維持のために使用できるすべての薬剤は、HIV感染者の集団において有用であるが、一部の薬剤では特別な配慮が必要である。

ブプレノルフィンの投与は外来で行えるが、認定資格が必要である:

  • アタザナビル、ダルナビルおよびリトナビル(ならびにいくつかの旧世代のプロテアーゼ阻害薬)を含む抗HIV薬との間に、臨床的に意義のある相互作用が生じる。
  • フルコナゾールはブプレノルフィンの活性を高めることがあるが、フェノバルビタール、フェニトイン、リファブチンおよびリファンピシンは有効量を減少させ、ときに離脱症状を引き起こす。

メサドン維持療法は、登録されたクリニック以外では実施できない:

  • この薬剤と抗HIV薬との間に、いくつかの臨床的に意義のある有害な相互作用が生じる(アバカビルの血中濃度が減少する。ジドブジンの血中濃度が増加する。アバカビルはメサドンの血中濃度を増加させるため、鎮静作用を避けるために用量調節が必要になる場合がある。エファビレンツおよびリトナビルは[ブースターとして用いる用量であっても]、メサドンのバイオアベイラビリティを低下させ、一部の症例では離脱症状が報告されている)。

HIV感染者集団で使用が多い他の薬剤との薬物相互作用も報告されている(カルバマゼピン、フェノバルビタール、フェニトインおよびリファンピシンはメサドン濃度を急激に減少させ、フルコナゾールはメサドンの血中濃度を大幅に増加させる)。

ナルトレキソンは、麻薬による疼痛のコントロールを必要とする患者には使用できないが、抗HIV薬との相互作用はみられないようである。

抗HIV薬と娯楽目的で使用される薬物の間の相互作用に関する「Liverpool HIV Interactions」ガイドは有用な参照ツールであり、以下からアクセスできる:
https://www.hiv-druginteractions.org/

APR:アンプレナビル、MAT:薬物補助療法、TPV:tipranavir

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ALIVE研究:注射薬物を使用するHIV感染者の死亡傾向は変化している

ALIVE研究では、注射薬物使用のHIV感染者の死亡傾向を評価した。計4,794例の参加者が組み入れられ、1,238例がHIV感染者であり、75,427観察人年あたりの死亡は2,070例であった。

全死亡例のうち、714例(35%)がAIDSおよび感染症関連、796例(39.2%)が慢性疾患関連、522例(25.7%)が過量投与/薬物中毒/暴力関連の死亡であった。

HIV感染者の全死亡のうち、589例(59%)がAIDSおよび感染症関連、216例(21.8%)が慢性疾患関連、186例(18.8%)が過量投与/薬物中毒/暴力関連の死亡であった。

注射薬物使用者の全死因死亡率は、ARTの普及により2001年以降横ばいの状態が続いている。

慢性疾患による死亡率の増加は、高齢者集団におけるこれら併存疾患の管理が重要であることを示している。

  • ALIVE研究における主な慢性疾患関連死:心血管死(241例)、悪性腫瘍(206例)、肝疾患(123例)、脳血管疾患による死亡(51例)
  • 過量投与/薬物中毒/暴力関連死のうち、350例(67%)が過量投与/中毒による死亡であった。

参考文献

  1. Sun J, Muzaale AD, Astemborski J, et al. Trends among persons with HIV and Injection Drug Use over 30 Years. CROI 2018. March 4-7, 2018. Boston, MA. Abstract 891.

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